Essay
【狐と狸】
 
mori
森の中で

  まだ4年と半年位前のことだ。つまり21世紀の話である。家内と久しぶりのサイクリングで船橋市の北部まで行った。船橋市は南北に長くて、北は白井市や千葉ニュータウンに隣接している。北部には、車方町や鈴身町という地名があり、谷津田の田園と古い村落、鄙びた神社、竹林などが点在し、まるで遠くへ旅したような気分になるので、私達のお気に入りのサイクリングコースだった。
 そんなサイクリングの帰り道に陽も傾いてきた頃、ある神社の入り口で休んでいた。私は石段を上がって薄暗い神社の境内を撮影していた。それから石段を降りていくと、ひとりのおじいさんと家内が話しこんでいた。最初はどこから来たのか、とか、この辺の変わりようなど普通の話だったらしいが、私が参加してから、おじいさんの昔話になった。
「若い頃はよぅ、狐や狸が沢山おって悪さばかりしていたんだ」
yasiro
社(やしろ)

 狐や狸が村人をしょっちゅう化かしていた、と真面目に話すのだった。
 ある晩、祝いの振舞い酒を過ごして、いい気分で千鳥足で帰ってきた親父がいた。するとどこからか、「おいお前は海の中を歩いているぞ」と声がする。ふと見ると周りは一面の海原で波が押し寄せてきている。「わ、おぼれる」とたんにズブズブ。慌てて親父は灯火の見える岸目指して海原に飛び込んだ。なんとか泳ぎ着いたが、そこで気を失う。朝、目覚めると神社の石段の下で寝ていた。そして目の前は、一面の青麦の海だった。一条の筋がついている。親父が泳いできた跡だった。
 新妻が夜、風呂に入っていた。突然、外から急に「火事だ、火事だ!」と大声で騒ぐ大勢の人声が聞こえた。高い窓を見上げると外が赤い! 慌てた新妻は、そのまま外に飛び出した。ところが外は真っ暗。火事などない。そして誰も居なかった。
という話。
tambo
夕暮れの田んぼ

面白かったのは、語ったおじいさんは、本当に信じている様子だったことだ。私たちをからかっているのではない。ただ、最近は、狐も居なくなり、狸もすっかり少なくなって、悪さもしなくなったという。

 

こんな民話環境がまだ船橋に残っていることが嬉しかった。

 その帰り道、もう船橋市外に近い夏見緑地の下道を帰っていると、薄暗い中で突然、見事な大きい雄の雉が道に出てきた。びっくりしてカメラも出す余裕が無かった。残念ながらそれからすぐ、ライトを照らした小型トラックが前方から来たので、悠々と歩いていた雉は飛び立って茂みに隠れてしまった。以前、医療センターの上の畑でも、雌の雉が飛び立つのを見たことはあったが、まだ雉が生息しているらしい。それともこれも狐か狸の悪戯だったのかな。

2008年6月

©2008 Toshihiro Hayashi

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